09 14

原発ー小出情報20110914

9/14(水)毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」、今日も水野晶子さんの司会と、毎日新聞専門編集委員の近藤勝重さんの案内で放送されました。

 原発関係のニュース、近藤さん、鉢呂氏が、「居住不能区域を死の町と言ったのなら、政府が汚染状況などを公表すべき」とコメントされました。メディアは、本当のところを知らされていないのであり、大臣が死の町と言った背景をメディアがなぜ追求しないのか、住めない町があり、住めなくしたのは誰か、なのです。単なる失言ではないのです。それを、谷垣氏が突くべき(もっとデータはないのか)なのです。

 福島での協力会社(アレバの交換作業)作業の4人が内部被曝の恐れがあり、詳しい検査をします。防護マスクの内側が汚染されており、ガンマー、ベータ線が出ており、ホールボディーカウンターで検査します。
 
 そして、小出先生のお話、昨日、大阪で小出先生の講演で


、満員+パブリックビューイングなのですが、参加した人、若い人が多くなった(昔に比べて)、昨日はお年寄りが多かった模様です。


 小出先生の新刊(知りたくないけど知らないといけない原発の話)、その場で完売であり、たね蒔きが小出先生に聞いた内容で、原発事故の内容を知りたいと言う人が多い、時間軸に合わせて書いてある小出先生の本は、このたね蒔きのものだけなのです。時間軸は貴重だと、近藤さんの指摘がありました。3/11の直後からのリアルタイムのドキュメントなのです。


 読者の感想であり、絶句した、関西にいても、無縁ではない、危機感がなく、声にならないと言われています。関西は離れているから関係ないと思われている人もいますが、そんなことはない、もっとちゃんと汚染を見てほしい、関西の人も、ちゃんと観て欲しいと小出先生のお話で、しかし見たくない人もいるのです。


 リスナーより、報道が少なくなり、国民が楽観的になっているとの指摘があり、事故の発端は原発の全所停電であり、今は電源が回復して、少しはマシになっている、その程度であり、原子炉で崩壊熱が出ており、冷却に失敗したら放射能が出る、作業員が大変な被曝で事故を収束させてくれている、下請けの人が現場で働いている、それに目を向けて欲しいのです。


 放射能により汚染され、観客と議論になり、汚染された食べ物を食べるべきなのかで、放射能は本来食べてはいけない、事故は起きてしまい、放射能は日本全土、世界にも撒き散らされた、それを拒否できない、汚染食料はどんどん回ってくる、それの取り扱いで、小出先生は、仕方ない、責任の重さに応じて汚染されたものを食べる、東電、原子力委員会等には猛烈な汚染食品を食べるべき、原子力をここまで見逃してきた日本の大人は甘んじて食べるべきと小出先生言われました。


 大人も責任があるということについて、汚染されたものはいやとの発言は昨日もあり、議論したくて昨日の場を持った、汚染物は東電に買い取らせて廃棄する提案もあり、廃棄する場所も大変、捨てると分かりつつ農産物を作れない、捨てるために仕事は出来ない、分配は責任に応じてやると、提案されました。責任のない子供に汚染物を与えてはいけないのです。


 近藤さん、受け入れないといけないなら、小出先生の言うとおりであり、しかし、こんな対応が出来るとの提案が出尽くしているのか、国の出ているデータもいい加減であり、やれることを国はやっていない、また我々が最善を尽くしたか、検査も十分ではない、東電、政府にやらせないといけないことがあると提案し、小出先生、東電に買い取らせるより、汚染の検査を東電にしっかりさせるべきと提案され、何がどれだけ汚れているかを明らかにして、それに向き合うべきと言うことなのです。


 まだ、汚れていないものはない、汚染の少ないものはあるが、猛烈に汚れているものまで連続的にあり、上をはねても、どう分配するか、と言うことなのです。


 小出先生、法律も見直さないといけないといい、缶詰、惣菜の産地表示が必要なのです。


 この話、まだ続くと思いますが、今日のお話は以上です、これをお伝えいたしました。


つづいてたね蒔きジャーナル、前2日に続いて被災地より亘記者の報告がありました。


 今日は、石巻市の真ん中、山の上の石巻北高校の前からです。校舎の4階に小学校、中学校が同居しています。津波被害で後者の使えなくなった小学校、中学校が間借りしているのです。水野さんも以前行かれて、石巻の中心に行く時、余震が来たらと怖かった、震災直後、孤立していたところなのです。石巻市でも最も被害の大きかったところなのです。


 大変な中、学校再開のため活動し、中学校、53人、うち52人は家を津波で流されたのです。4階の4室を間借りしており、職員室、全員無事確認(3/11は卒業式、その8日後に全員無事確認)でも、学校再開のため、中学校から12,3km離れており、これを間借りして、生徒さん、みんな大変な経験で、仮設に入る人もいる、家族が行方不明の人もいます(もちろん犠牲者の出た人もいる)。最初は陸の孤島であり、物資も来ない、陸に上がった魚を何とか食べていたのです。3~4世代同居の人もいて、誰か津波に飲まれた、バラバラの地区からここに通っています。スクールバスで通ってくる子もいて、生徒79人でやる予定が、53人、3割が外に転出です。


 後者の間借り、再建のめどは立たず、学校をどうするか、生徒、親に聞いているところなのです。元のところに戻すと言うこと、元に戻しても仕方ないとの声もあり、生徒は、思い出のあるところへ戻りたい意向なのです。もう一度戻って笑いたいのですが、そこに津波の来る可能性もある、複雑な気持ちなのです。


 今の3年生は間借り校舎で卒業、1年生(前の校舎を知らない)すら間借りのままの可能性もあるのです。近くの中学に行く可能性もあり、水野さん、平野部が広くない土地であり、少し高台に移転するのが難しい地域で、高台なら全く違う土地に行くしかないと言うことであり、近藤さん、高台への移転はどこも問題があり、海岸の沿岸は危ないと言うのが行政の考えで、地域の学校、中学、高校は心のど真ん中にあり、移す、移さないの問題ではないと言うことでした。


 水野さん、5階建てのビルならOKだが、小さい学校、町では出来ないと言われました。近藤さん、高台はもっともらしいが、その案しかないのかとコメントされました。津波を想定しても、そうなのです(入り江であり、津波が来たら高くなる)。大阪のように、高台がたくさんある地形とは違うのです。学んだところ、遊んだところは心のど真ん中、都市計画で決めるべきではないのです。


 中学3年間は短い、ふるさと以外で過ごし、故郷をどう思うか、なのです。子供なしに、その町に未来があるのか、学校がないのに、戻っても仕方ない(転出した家族もいる)、故郷を捨てられるか、なのです。被災地の苦悩は、何とも言いようのない気持ちなのです。


 聞いていて、16年前の阪神・淡路のど真ん中にいた私には心痛む話でした、これを、お伝えいたしました。
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tomo

Author:tomo
ジャーナリスト、池田知隆のブログです。最近の記事、イベント情報などを掲載しています。

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