02 13

チェルノブイリ小児病棟「5年目の報告」その2(動画&内容書き出し)

チェルノブイリ小児病棟「5年目の報告」その2(動画&内容書き出し)
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1517.html

ミンスク第一病院 ビクトル・レベコ部長のことば

私たちは、放射能が人間に与える影響というものは、事故後10年から15年経って出てくるものだと思っていました。
しかし、実際には1988年から89年にかけて、子どもたちの甲状腺がんが急激に増えてきました。
事故から2~3年しか経っていないのですから、私たちの考えは間違っていたのです。

過去にこうした経験がないのですから仕方がないといえばそうなのですが、
医師として不注意でした。
どう対応したらいいかが分からなかったことが悔やまれてなりません。
子どもたちの甲状腺がんを予防することが大切だと思いますが、今ではもう間に合いません。
子どもたちはすでに、大量の放射性ヨウ素を甲状腺に取り込んでしまっているのです。

もう、間に合わないのです。



チェルノブイリ小児病棟~5年目の報告~

1991年8月4日放送


続きを読むに番組の内容を書き出しました

広島の医師たちは貧血や甲状せん肥大が特に著しかった6人から血液を採取し、日本に持ち帰る事にしました。
広島では被爆者治療の経験で、
染色体の傷つき具合から病気との因果関係を推定することが出来ます。
子どもたちの病気が放射能によるものなのかどうか因果関係を知るには
染色体レベルでの精密な検査が必要です。
ソビエトではこれまで、こうした詳しい検査はほとんど行われていません。



ブラーギン地区病院 ペレウ・ワシーリ院長:
残念なことに私たちの力では完全な治療をすることができません。
ですから、子どもたちの親の中には、私達に不満をぶつける人も少なくありません。
子どもが重病であると判断したら、ミンスクの総合病院に送って治療してもらう以外に方法がないのです。
今後の対応をどうしていくのか検討しているところですが、
医薬品は不足しており、医療設備も不十分で、自分たちの力がおよばないことを思い知らされるばかりで、残念です。


ミンスク

白ロシア共和国の首都ミンスクです
甲状腺がんの疑いがあると診断された子どもは、
ここミンスクの第一病院に送りこまれてきます。
この病院ではこれまで25年間、甲状腺の研究に取り組んできました。
事故後増え始めた患者に対応するため、去年甲状腺がんを専門に手術するチームを作りました。



この6歳の男の子は高濃度汚染地帯から来ました。
組織検査の結果甲状腺がんと診断され、手術を受けることになっています。
超音波検査のモニターには、医師が外から触っただけでは分からない甲状腺の内部が詳しく映し出されます。
この子はすでにがん細胞がリンパ節に転移していました。


佐藤幸男教授(広島大学原爆放射線医学研究所):
ここに甲状腺のノドルが大きいのが一つあって、
で、左の方のリンパ節が3つ腫れている、ま、転移と見られるものが3つあると

Q:どうですか?日本の病院だとこういう症例はあるんですか?

佐藤:子どもで?いや、見たことありませんね。

Q:ご覧になってどう思われますか?

佐藤:日本ではないからビックリしていますよ。


甲状腺がんは放射性元素のヨウ素131と密接な関係があります。
ヨウ素131が体内に入った場合、甲状腺に集中します。
特に成長期の子どもは甲状腺の働きが活発なため多くのヨウ素が取り込まれます。



ヨウ素が出す放射線によって、周囲の細胞が傷つけられ、
やがて甲状腺がんになります。

ミンスクの医師たちは
チェルノブイリ事故で発せられたヨウ素131によって甲状腺がんが引き起こされたとみています。

ヨウ素は放射能の強さが半分になる半減期が8日とごく短く、
事故から5年もたった今では、子どもたちがどれくらいヨウ素を体内に取り込んだか確かめることができません。


7歳になるこの少女は、3日前に甲状腺がんの手術を受けたばかりです。
1年前、幼稚園の検診で甲状腺肥大が見つかりましたが、
痛みもなくそのままにしていました。
しかし、腫れが大きくなったため、
心配した母親が組織検査を受けさせたところ癌が見つかりました。
この病院に来た時はすでに甲状腺全体に癌が広がっていたのです。




医師:
事故の影響だと思う
以前はこんな小さな子どもに癌はなかった。



チェルノブイリ事故の後、ミンスク第1病院で手術を受けた18歳以下の患者数です。

1989年までは年に数人でしたが、
去年28人に急増、今年は4月までで、すでに34人で、早くも去年の患者数を上回りました。






ミンスク第一病院 ビクトル・レベコ部長:
私たちは、放射能が人間に与える影響というものは、事故後10年から15年経って出てくるものだと思っていました。
しかし、実際には1988年から89年にかけて、子どもたちの甲状腺がんが急激に増えてきました。
事故から2~3年しか経っていないのですから、私たちの考えは間違っていたのです。

過去にこうした経験がないのですから仕方がないといえばそうなのですが、
医師として不注意でした。
どう対応したらいいかが分からなかったことが悔やまれてなりません。
子どもたちの甲状腺がんを予防することが大切だと思いますが、今ではもう間に合いません。
子どもたちはすでに、大量の放射性ヨウ素を甲状腺に取り込んでしまっているのです。

もう、間に合わないのです。



この少女は5日前350キロ離れた汚染地帯から入院してきました。
今年11歳。
甲状腺がんの手術を翌日に控えていました。
母親は仕事の都合で付き添えないため、少女は1人で手術を受けます。

「ちょっと注射をするだけだからね」
「手術は怖くないよ。元気になれるよ」

手術の朝です。
少女には前の晩睡眠薬が与えられました。
しかし、不安と緊張のあまり、一睡もできず朝を迎えました。
手術は少女の気持ちが落ち着くのを待って、午前9時に始まりました。

子どもの場合癌の進行が早く、肺や脳への転移を防ぐためには、一刻も早く摘出しなければなりません。

癌は大人の親指大にまで大きくなっていました。
このため、少女の甲状腺はすべて摘出することになりました。

医師:腫瘍はすべて取り除いた。もう大丈夫だ。

「核が、数えたら20ありますね」
佐藤教授は手術で取り除いた甲状腺の組織を調べました。
中央に見える黒い点が癌細胞の核です。



正常な細胞を押しやるように、癌細胞が広がっています。



佐藤:
あのですね、私はあんまり見た事がないのですけれど、
一つの細胞質の中に、核が、今数えたら20個位ありますよ。





それで、多核細胞と言ってもいいし、
ジンチチウムという合胞体。
ようするに、一つの細胞に一つの核が普通なんだけど、
こういうふうに異常細胞ですよね。
甲状腺で、子どもの甲状腺で。私はこういうのを、本当に見た事がありません。
特に、子どもの甲状腺では。
それが、ここに見えますね。
木村先生、どうですか。



Q:そういう異常な細胞があるっていう事はどういう事なんですかね?

佐藤:やっぱり、悪性っていう事です。

Q:癌ですか?

佐藤:がん、癌です。


甲状腺を摘出するとホルモンの分泌が無くなってしまいます。
この少女はこれから一生ホルモン剤を飲み続けなければなりません。


ーーーつづく
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Author:tomo
ジャーナリスト、池田知隆のブログです。最近の記事、イベント情報などを掲載しています。

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