02 23

たね蒔きジャーナル20120222

2/22(水)永岡です、毎日放送ラジオのたね蒔きジャーナル、今日も水野晶子さんの司会、毎日新聞専門編集委員の近藤勝重さんの案内で放送されました。

 原発のニュース、アメリカの原子力規制局、メルトダウンを事故直後から懸念しており、アメリカの情報公開で分かり、地震から10日間の記録(3000ページ)、委員長、最悪はメルトダウン、放射能漏出と述べており、悪い状況の使用済みプールが6つあり、火災の可能性あり、退避の80km圏の拡大もあり得たのです。日本では会議の議事録がなく、アメリカは深刻さを認識していたのです。

 中東のクウェートで、原発計画中止、日本の事故によるもので、クウェートは日本と原発の開発を進めていたのに、3年前原子力委員会が出来たのに、日本の事故で安全は確保できないと、昨年7月原子力委員会は解散なのです。

 そして、小出先生のお話、クウェートの中止
、事故から4カ月で、小出先生今までご存じなく、「正常な神経ならそうなる」とのことでした。また、中東なら、核の放棄でもあり、近藤さんは立派と言われました。原発をやる=核開発であり、クウェートもヤバイと思ったのでしょう。

 アメリカの規制委員会のニュース、水野さん、アメリカも事故直後から事態の深刻さを理解して、最悪を想定していたと言い、その根拠が日本のデータで、しかし日本ではそういう判断は下せたのに(原子力委員会の近藤委員長、最悪のシナリオ、250km避難と言い、小出先生もそう思っていた)、アメリカの80km避難も甘いと小出先生思われ、原子力の知識があれば当然なのに、住民のパニックを避けるのが一番で、住民の被曝阻止は後回しにされたのです。

 近藤さん、パニックを起こすかは住民が考えることで国が考えるものではないと言われて、小出先生、マスコミ、政府に情報をきっちり出してほしいと言われました。

 このアメリカが80kmと言った時に、日本は最初3km避難、その後小出しに退避させ、メルトダウンの可能性を認めるかであり、すでに3月12日に1号機は吹き飛び、メルトダウンと専門家なら誰でも分かることで、アメリカは理解して、格納容器からの放出もあると考え、小出先生も12日に逃げてくれと警告していたのです。これを知り、たね蒔きジャーナルでは3月14日から小出先生を起用したのですが、政府も分かり、東電も逃げたいと言い、菅氏がそれを止めた、当の本人の東電が持ちこたえられない状態であったのです。

 この情報がアメリカから来て、日本で分かったのではない、「日本は近代国家ではなく、情報も恣意的に操作され、マスコミも報じなかった」と言われて、小出先生アメリカは嫌いだが、アメリカの方がましと言われたのです。

 事故の5日後にアメリカでメルトダウンを予測したのに、日本政府は5月になりメルトダウンと言ってきて、これにより多くの人を逃がせられなかった、アメリカ同様80km圏外へ出ろとしていたら、結果は違っていた、飯館村は大変な汚染で、80kmまで逃げられたら、飯館村、南相馬市(飯館村に逃げた)の人も被曝せずに済んだのです。日本政府のために、被曝した人がたくさん出たのです。

 近藤さん、意図的な情報操作=議事録なし、また菅氏、官邸のカメラでヘリを乗るのは配っているのに、議事録なし、政権が保身でやっていると言われて、アメリカは議事録あり(当たり前と小出先生失笑)なのです。

 今日は、アメリカからの情報をお知らせいたしました。


たね蒔きジャーナル、続いて、原発事故で東電や政府の会見に出席し続けた、弁護士の日隅一雄さんのお話がありました。毎月紹介しているメディア批評誌「創」にも日隅さんの寄稿もあり、またネットで、日隅さん以下のように取材して発信されています。

http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005

http://www.news-pj.net/

 (考えたら、私が小出先生のお話の追跡を始めて昨日で11か月目でした)。事故後の国の対応の情けなさ、それを日隅さんつぶさに見てこられたのです。

その日隅さん、会見について、電話でお話になられました。日隅さん、岩波より記者会見の検証本(東電、政府は何を隠したか)が話題になり、日隅さん、1日に5回も6回も出て、トータル100回は出ており、座るところがなく立って次の会見を待つ、次の会見がいつか分からないのです。食事もままならない(インターネットの生中継を見て、食事の中断もあり)のです。

 今の会見は、途中で政府・東電の統合になったのに、また単独の会見に戻り、数も少なくなったのです。情報も少なくなり、東電単独だと政治家が出ず、統合だと細野氏が出ていたのに、それで責任なる会見になったのに、東電、保安院単独だと持ち帰りますとか逃げられたのです。答えのないまま放置されたのです。取るべき情報が取れなかったのです。

 日隅さん、ご病気で中断され、5月に胆のうがんになり、1カ月入院、化学療法で余命半年とも言われつつ、抗がん剤が効いて、今はオマケの日だと言うことです(日隅さんまだ40代です)。痛みの中で会見して、痛みは12月までなく、統合会見がなくなると痛みだし、今は薬で痛みを抑えているのです。

 近藤さん、アメリカの委員会の記録が分かり、日隅さん、ジャーナリストの魂がこもっていたと言うことで、思うことは何かと聞かれて、積極的に情報を出さないといけない時に出さず、情報自体をなかったことにしていたと言うことです。

 会見で言ったら記者の記録に残らず、両方の記録(政府、記者)がないという状態です。その理由も違う説明でした。

 日隅さんの本で、メルトダウンで、3月12日に東電の記者会見で報告していたのに、当初はマニュアル通りに動き、ERSSでメルトダウンは把握されて官邸に伝わったのに、それがなにがしかの力で出なくなったのです。保安院の中村氏が言っていたのに、中村氏いなくなり、最終的に西山氏で対応し、その他の人では、事実に近い説明があり、しかし西山氏でメルトダウンは基本的になし、燃料の損傷と言って、微妙な言い方であったのです。形を維持して損傷することもあり、言葉を微妙に変えられるのを日隅さん見たのです。

 冷温停止状態も、ソフトな言葉にして、重大な事実をそうでないように見せていたのです。そういう会見の後、世の中の雰囲気は、安心して、そういう方向に持っていかれたのです。

 近藤さん、官僚がいて、東電も官僚的かと指摘するとその通りで、東電もSPEEDI、ERSSを持っているのに、途中からそれはないと言いだし、日隅さんびっくりされたのです。現場の記者はメルトダウンは当たり前と思い、記者はそれを詰めず、事故対策に時間を割いていたのです。しかし、大騒ぎしなかったのです。

日隅さん、元新聞記者で、東電も損傷と言い換えて、メディアもメルトダウンと書きにくかったと言うことです。メルトダウンと言いう言葉のあいまいさはなく、メルトダウンと当初の1,2日書いただけで、政府が認めるまで2カ月かかり、逃げるべき時に逃げられず、線量が落ちてから発表したのです。避難する必要がなくなってから発表され、SPEEDIも、知っている記者もいたが、読売に、データがなく使えないと誤報が入り、あるいは仮定でSPEEDIは使えないと、記者に印象付けたのです。マスコミも巻き込まれたのです。

近藤さん、マスコミの意識もあり、マスコミに対して、日隅さん、大阪で記者経験があり、ちゃんとした回答がないと大阪では怒るのに、そういうものがなかった、「上品」な会見で、東京では官僚、省庁の立場と一体となって、国民に情報を提供する立場に記者がいたと言うことです。出てきた情報はこの始末です。

 リスナーより、政治家の記者会見、枝野氏ばっかり、菅氏の責任逃れと指摘があり、日隅さん、菅氏が毎回でないといけないわけではないが、どこかで官僚から政治家に上がるデータが止まり、官僚にやられた、政治家も使いこなせなかった面も大きいが、「官僚の、原子力村を守る意識が強かった」と言うことです。

 同じことがヨーロッパであったら、ドイツとか騒ぎになり、東電、経産省を何万人が取り囲んだのです。

 日隅さん、病気の傍ら、本当にお疲れ様でした。会見の内幕をお届けいたしました。
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tomo

Author:tomo
ジャーナリスト、池田知隆のブログです。最近の記事、イベント情報などを掲載しています。

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