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除染モデル事業 目安下回らず (NHK) 

(転送メールから)

除染モデル事業 目安下回らず (NHK) 

http://www.asyura2.com/12/genpatu25/msg/266.html
投稿者 赤かぶ 日時 2012 年 6 月 30 日 09:01:15: igsppGRN/E9PQ
除染モデル事業 目安下回らず
動画 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120630/k10013227801000.html
6月30日 4時5分 NHK

福島県の避難区域で、効果的な除染の方法を探るために国が行ったモデル事業の結果がまとまり、原発に近い地区では放射線量が最大8割下がったものの、依然として年間50ミリシーベルトを超える厳しい結果となりました。

国が直轄で除染を行う福島県の避難区域では、効果的な方法を調べるためのモデル事業が行われ、環境省は最終結果を公表しました。
このうち、原発に近い大熊町の夫沢地区では、農地、宅地、森林など5つの区分で除染が行われ、年間の積算線量が▽農地で328ミリシーベルトから65ミリシーベルトまで80%下がったほか、▽宅地でも290ミリシーベルトから76ミリシーベルトまで下がりましたが、いずれも目安としていた50ミリシーベルトは下回りませんでした。
また、方法ごとのコストや効率も明らかになり、農地では表面の土と下の層の土を入れ替える方法は、表面を剥ぎ取る方法と比べ処理の必要な土が出ず、コストも大幅に低い一方で、1日に除染できる面積は10分の1にとどまりました。
一方、雨どいの除染では、高圧洗浄と拭き取りの方法でコストや効果はほとんど変わりませんでした。
環境省は「放射線量の特に高い場所では、除染に限界があると言わざるをえない。今後はより効率的な技術を取り入れることなどで、効果を上げていきたい」と話しています。

----- Original Message -----
Sent: Wednesday, June 20, 2012 10:26 PM
Subject: 【むかし竹槍いま除染、むかし特攻いま帰宅、むかし陸軍いま東電(その22)】


【むかし竹槍いま除染、むかし特攻いま帰宅、むかし陸軍いま東電(その22)】

 除染に何兆円もかけるより、国が買い上げ(長期借り上げ)移住促進の方が安く、治療不可能で深刻な健康被害を食い止められると有識者が何遍も通告しているのに、利権の方が大切らしい。悲しいことだが・・・。

→ この「むかし竹槍いま除染」 のメールシリーズも22回目を数えます。
  実に、福島事故がおこった2011年3月の時点で、私は、
「世界的常識で、放射性物質は広大な国土の山々に拡散し、山からぼぼ永久的に放射性物質が流出し、除染は不可能。
チェルノブイリのときのロシア、ベラルーシでも除染は不可能と証明されている(森の呪い)。
はるか2000キロのドイツやオーストリアの中の森の猪のような食材も、実に25年たっても食えない。
その不可能なことに巨費をつぎ込むより移転が最善」と書いて、除染より移転を政府は推進すべき」
と、これまで1年3ヵ月間主張してきました。
 いまごろ、政府が、「やはり除染は限界」といっても、あきれて言葉もありません。

 波江町の馬場町長!「いまない技術で将来やってくれ」といっても、
 いま現在、刻一刻と貴方の子や孫が癌や奇形の可能性にさられているのですよ、遅いでしょう!
 有名な経済学者内橋克人先生の著書の中で、
 「50年後の子や孫が全部かたわになっても!原発は金になるから推進!」と紹介され、
 超有名人になった高木前敦賀市長と同じと思いませんか?

※ なぜ、放射能は消せないのでしょう。
 すでにお話していると思いますが、他のすべての反応は電気化学反応、すなわち外側の電子の問題なので、
物質の最深奥にある核が病的になると、それを他のいかなる手段で止めるすべがない。だから除染ではなく移染しかできない。
科学的毒は中和できますが、核は不可能。
膨大な核のゴミができます。
むしろ、放射性物質の処理原則は、発生地から動かさず、発生地を放棄するしかない。

瓦礫の広域処理など、国際ルールでは考えられない、集団自殺志向の愚かな民族です。

このことが一番よく分かる事実は、
放射性物質は「トレーサー(追跡薬剤)」として使用されることを考えてみてください。

胃腸の検査のときのバリウムです。なぜトレーサーとして使えるのでしょうか?
体内に入って、どんな化学反応をうけても、
核から出る放射能は不変であることを利用しているのです。
すなわち、どのような化学反応でも放射能は取り除くことができないことが重要です。



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平野復興相「除染に限界」 モデル事業、効果にばらつき

朝日 2012年6月17日19時52分
 東京電力福島第一原発事故に伴う除染について、平野達男復興相は17日、福島県浪江町の馬場有町長と同県二本松市で会談し、「除染技術の限界も明らかになった」とするモデル事業結果を伝えた。

 それによると、2分半の道路の除染で空間放射線量が約3分の2まで下がるものの、以降はほとんど除染効果がなかった。住宅でも、屋根や壁の拭き取りなどで下がった割合は19~66%とばらつきがあることなどから「同じ除染を繰り返しても効果はそれほど期待できない」とした。平野氏は面会後、記者団に「除染ですぐにでも(年間放射線量が)1ミリシーベルトまで下がるという誤解を政府が与えていたかもしれない」と限界を認めた。

 一方で、国が除染基本方針で掲げている「1ミリシーベルト以下を目指す」との長期目標は維持する方針だ。ただ、その工程については「新技術の研究をする」(平野氏)として具体的道筋は示さなかった。

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放射能漏れ】
除染効果、一定時間で限界 平野復興相が自治体に説明
産経 2012.6.17 19:40

平野達男復興相

 平野達男復興相は17日、東京電力福島第1原発事故で全町避難している福島県浪江町の馬場有町長と同県二本松市の仮役場で会い、除染事業について、一定時間を超えて洗浄を続けても効果は限定的との実験結果を示した。

 旧緊急時避難準備区域の同県広野町で昨年度に実施した実験では、道路の線量が除染前の毎時0・14マイクロシーベルトから、150秒間の高圧洗浄後には同0・09マイクロシーベルトまで下がった。しかし、さらに500秒まで洗浄を続けても同0・08マイクロシーベルトと微減にとどまった。

 平野氏は会談後、記者団に「除染すればすぐにでも線量が下がるという誤解を地元に与えていたかもしれない」として、新たな除染技術の開発に取り組む考えを表明。自然放射線を除いた追加被ばく線量を年1ミリシーベルト以下にするとした政府目標については「変えるつもりはない」とした。

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ニュース詳細
復興相“現在の除染技術は限界も”
NHK 6月17日 20時34分
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平野復興大臣は、東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、全域が避難区域に設定されている福島県浪江町の馬場町長と会談し、放射性物質を取り除く除染について、今の技術では全ての地域で生活に安全な放射線量まで下げるのは難しく、新しい技術の研究を進めたいという考えを示しました。

平野復興大臣は、福島県二本松市を訪れ、原発事故によって全域が避難区域に設定され、2万人余りのすべての住民が県内外に避難している浪江町の馬場町長と会談しました。
会談で、平野大臣は、放射性物質を取り除く除染について、国が放射線量が高い地域で実施しているモデル事業の結果を報告しました。そして、「同じ方法で、何回、除染作業を実施しても、一定以上の効果は得られない」と述べ、今の技術では、すべての地域で生活に安全な放射線量まで下げるのは難しいという認識を伝えました。
これに対し、馬場町長は「新しい技術を取り入れて、しっかりやってほしい」と要望しました。
平野大臣は記者団に対し、「政府側が、除染を実施すると、すぐでも年間1ミリシーベルトまで下げられると、誤解を与えているのではないかと思い、モデル事業の結果を報告した。長期的に1ミリシーベルト以下を目指す方針に変わりはなく、新しい除染技術の研究を進めていきたい」と述べました。

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「除染の限界」に苦悩する福島市の住民
(東京新聞「こちら特報部」11月26日)

 仮置き場の確保の難しさに加え、間もなく雪という大敵も現れる。放射性物質の除染を急ぎたい福島市の住民の焦りは募るばかりだ。作業に挑んだ住民の一人は、除染の限界に打ちのめされたという。本来なら、汚した者が即座に除去すべきだが、現実はその当たり前とはほど遠い。「年内の冷温停止」「2年後の被ばく線量半減」。事故の幕引きを急ぐ政府のお題目ばかりがしらじらしく響く。 (出田阿生)

 「あんなに住民が掃除したのに、もうこんなに落ち葉が降り積もった。いくらやっても、きりがない」。高い汚染で知られる福島市渡利地区。市立渡利中学校わきの路上で、そこから車で十五分ほどの同市御山地区に住む深田和秀さん(63)はため息をついた。

 二十五日の気温は昼間でも五度くらい。赤や黄に色づいた葉が氷雨で落ち、道ばたに吹き寄せられていた。今年は山の紅葉を喜べない。汚染された落ち葉が放射線量を上げるからだ。
 深田さんは市民団体「放射能除染・回復プロジェクト」の一員。同団体は京都精華大の山田国広教授(環境学)を中心に、福島大や大阪大の教員らと福島市民で構成している。今年五月から、住民の手でできる除染方法を探ってきた。

 渡利地区の公共施設わきの側溝で、深田さんが線量計をかざす。表示された数値がぐんぐん上がっていく。底に生えた雑草の近くでは、毎時六八・五一マイクロシーベルト(年に換算すると六〇〇ミリシーベルト)にもなった。地上約一メートルで毎時二マイクロシーベルトほど。同地区では避難者が相次いで子どもが減り、すでに閉鎖された保育所もある。
 ところが、福島市が空間線量の定点観測をしている渡利支所前の公園では、立ち入り禁止のロープが。表土をはいで除染作業を実施中という。「九月二日に毎時二・二五~一・四七マイクロシーベルトだったのが、今月二日には〇・九八に減った。計測地点を除染するなんて、数値を下げたいからとしか思えない」(深田さん)

 「除染プロジェクト」の実験では、洗い流す方法は最初から断念した。流れ出した水は側溝の泥にたまって新たなホットスポットをつくり、いずれ川や海に流れて汚染を拡大させるからだ。まずは庭の表土をはがす方法に挑戦した。
 土ぼこりの飛散を防ぐため、市販の合成洗濯のりを薄く土にかけた。そのうえで、固めてはぎ取った土を袋に詰め、穴を掘って埋めた。
 しかし、住宅地は一メートルほど掘ると、コンクリート片などが出てきて掘り進められない。環境省の汚染土埋め立て基準では「表土を三十センチかぶせること」となっているが、せいぜい十センチほどしかかぶせられなかった。

 住宅の外壁や屋根、雨どいなどの除染で室内の放射線量を下げる実験もした。深田さん宅でも実施。屋根瓦に合成洗濯のりを塗り、園芸用の布をかけてからはがした。
 ところが線量があまり落ちない。詳しく計測すると、屋根瓦の隙間に放射性物質が入り、取れていないと分かった。
 「よく水で高圧洗浄しているが、表面の放射性物質は雨で流れており、ほとんど意味がない。セシウムはいったんコンクリートなどにこびりつくと結合してしまい、容易にはがれない」

 深田さんは市街地に近い山々を見上げながら「放射性物質の供給源がこんなに近くにあったら、どんなに除染してもいたちごっこだ」と話す。
 庭土の除染実験をした御山地区の住宅の空間線量は現在、毎時〇・七~一マイクロシーベルト前後。自分の家だけ除染しても、隣家の木の葉が落ちてくれば、数値は上がる。ローンの残った住宅を諦め、県外に避難した人もいた。

 市立御山小学校を訪れてみた。通学路には雑草が生い茂り、その一角は五月に側溝脇で毎時一八〇マイクロシーベルトを計測している。校門には「今日の空間線量」と書かれた札。下校時、学校の駐車場は車であふれかえっていた。
 子どもを乗せた軽自動車が通り過ぎる。「歩いて数分の距離でも、保護者が安全のために子どもを送迎している」と深田さん。そして校庭ではマスク姿の女性数人が、落ち葉をほうきで集めてはごみ袋に入れていた。
 「あれは学校の校務員じゃなく、母親たち。子どもが少しでも被ばくしないようにと、毎日落ち葉を清掃している。東京電力や政府はなすべきこともせず、住民の善意にのっかっている」

 福島市放射線総合対策課によると、市内でも大波地区は十月から除染作業を本格的に始めた。汚染土砂などの仮置き場が確保できたためだが、これから積雪や凍結が予想され、年内には終わらない見通しという。
 渡利地区では七月にモデル事業を実施した。観測地点の公園では表土を削っていたが、担当者は「仮置き場が確保できておらず、本格的にはしていない」と説明した。
 深田さんは除染の限界を痛感したという。「完全な除染は困難で不可能に近い」。だが、住民はいる。どうすればよいのか。「子どもや妊産婦を県外に一時避難させて、無用な被ばくを避けるべきだ。まずはそこから始めるべきじゃないのか」

 <デスクメモ> 先月三十一日の東京地裁の決定が耳目を集めている。福島県のゴルフ場が東電に除染を求めたが、東電は放射性物質は自社の所有物ではなく、除染の責任はないと拒んだ。地裁は東電側の主張を支持した。東電や国の姿勢は「不運だったと思って諦めろ」ということか。道理のかけらもない国になった。 (牧)

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◎原発は金になる・50年後の子供がカタワになろうと - 前敦賀市長・高木孝一
中日新聞:原発による敦賀づくり推進 高木孝一前市長死去 93歳:福井発:日刊県民福井から(CHUNICHI Web)

原発による敦賀づくり推進 高木孝一前市長死去 93歳



 原発誘致による町づくりを進めた前敦賀市長の高木孝一(たかぎ・こういち)氏が一日、心不全のため、敦賀市内の病院で死去した。九十三歳だった。敦賀市出身。自宅は敦賀市沓見六二の三。通夜は四日午後七時から、葬儀・告別式は五日正午からいずれも敦賀市東洋町一の一、プラザ萬象で。喪主は長男で衆院議員の毅(つよし)氏。

 敦賀市議、県議を経て、一九七九(昭和五十四)年から、四期十六年敦賀市長を務め、市長在任中には全国原子力発電所所在市町村協議会の会長に就いていた。

 また、「原発は精神的迷惑施設。その代償は当然だ」と述べるなど、原発立地による町づくりを推進。日本原子力発電敦賀原発3、4号機の増設に同意し、高速増殖原型炉「もんじゅ」の試運転を認めた。

(中日新聞 2012年6月2日)




この高木は、昨年の東電原発事故後、一躍有名になった。内橋克人氏の著書に紹介されたこの男の妄言がネットに流布したからだ。

下記は、1983年1月26日、石川県羽咋郡志賀町で開かれた「原発講演会」(地元の広域商工会主催)における高木孝一の講演を内橋氏が記録した内容だ。




 只今ご紹介頂きました敦賀市長、高木でございます。えー、きょうはみなさん方、広域商工会主催によります、原子力といわゆる関係地域の問題等についての勉強会をおやりになろうということで、非常に意義あることではなかろうか、というふうに存じております。……ご連絡を頂きまして、正しく原子力発電所というものを理解していただくということについては、とにもかくにも私は快くひとつ、馳せ参じさせて頂くことにいたしましょう、ということで、引き受けたわけでございます。

 ……いわゆる防災義務と称するものは、(原子)炉の周辺から2キロないし3キロというところは、やはりそうしたところの(防災)体制を固めなさいと。こういうふうなことでございます。あるいは住民は避難道路をつくろう、とか。あるいはまた避難場所をつくろうとか、こういうふうなことで、私どもに対しましても、強くいろいろ申し出があるわけでございます。けれども、抗議もくるわけでございますけれども、ま、私は防災訓練もやらない、と……。もうそんな原子力発電所は事故があったら逃げまどわなければならない。あるいは避難しなければならない、とういうことになったら、もうそれで終わりなんだ。そんなことはゼッタイあり得んのだ、というふうに、自分も、私どものいわゆる住民も、あるいは私も、そういうふうに思っておるわけでございます。

 一昨年もちょうど4月でございましたが敦賀1号炉からコバルト60がその前の排出口のところのホンダワラに付着したというふうなことで、世界中が大騒ぎをいたしたわけでございます。私は、その4月18日にそうしたことが報道されましてから、20日の日にフランスへ行った。いかにも、そんなことは新聞報道、マスコミは騒ぐけれど、コバルト60がホンダワラに付いたといって、私は何か(なぜ騒ぐのか)、さっぱりもうわからない。そのホンダワラを1年食ったって、規制量の量(放射線被曝のこと)にはならない。そういうふうなことでございまして、4月20日にフランスへまいりました。事故が起きたのを聞きながら、その確認しながらフランスへ行ったわけです。

 ところがそのフランスでも、送られてくる日本の新聞に敦賀の一件が写真入りで「毎日、毎朝、今にも世の中ひっくり返りそうな」勢いで報じられる。やむなく帰国すると、こんどは大阪空港に30人近い新聞記者が待ち構えていた。

 悪びれた様子もなく、敦賀市長帰る。こういうふうに明くる日の新聞でございまして、じつはビックリ。ところが敦賀の人は何喰わぬ顔をしておる。ここで何が起こったのかなあ、という顔をしておりますけれど、まあ、しかしながら、魚はやっぱり依然として売れない。その当時売れない、まあ魚問屋さんも非常に困りました。あるいは北海道で採れた昆布までが……。

 敦賀は日本全国の食用の昆布の7割ないし8割を作っておるんです。が、その昆布まで、ですね、敦賀にある昆布なら、いうようなことで全く売れなくなってしまった。ちょうど4月でございますので、ワカメの最中であったのですが、ワカメも全く売れなかった。まあ、困ったことだ、嬉しいことだちゅう……。

 売れないのには困ったけれども、まあそれぞれワカメの採取業者とか、あるいは魚屋さんにいたしましても、これはシメタ! とこういうことなんですね。売れなきゃあ、シメタと。これ
はいいアンバイだ、と。まあとにもかくにも倉庫に入れようと、こういうようなことになりまして、それからがいよいよ原電に対するところの(補償)交渉でございます。

 そこで私は、まあ魚屋さんでも、あるいは民宿でも、100円損したと思うものは150円もらいなさいというのが、いわゆる私の趣旨であったんです。100円損して200円もらうことはならんぞ、と。本当にワカメが売れなくて、100円損したんなら、精神的慰謝料50円を含んで150円もらいなさい、正々堂々と貰いなさいと言ったんですが、そうしたら出てくるわ出てくるわ、100円損して500円欲しいという連中がどんどん出てきたわけです(会場に大笑い、そしてなんと大拍手?!)。

 100円損して500円もらおうなんてのは、これはもう認めるもんじゃない。原電の方は、少々多くても、もう面倒臭いから出して解決しますわ、と言いますけれど、それはダメだと。正直者がバカをみるという世の中をつくってはいけないので、100円損した者には150円出してやってほしいけど、もう面倒くさいから500円あげる、というんでは、到底これは慎んでもらいたい。まあ、こういうことだ、ピシャリとおさまった。いまだに一昨年の事故で大きな損をしたとか、事故が起きて困ったとかいう人はまったくひとりもおりません。まあ、いうなれば、率直にいうなれば、一年に一回ぐらいは、あんなことがあればいいがなあ、そういうふうなのが敦賀の町の現状なんです。笑い話のようですが、もうそんなんでホクホクなんですよ。ワカメなんかも、もう全部、原電が時価で買(こ)うてしもうた。全部買いましょうとね。そんなことで、ワカメはタダでもらって、おまけにワカメの代金ももらった。そういうような首尾になったんです。

 (原発ができると電源三法交付金がもらえるが)そのほかにもらうおカネはおたがいに詮索せずにおこう。キミんとこはいくらもらったんだ、ボクんとこはこれだけもらったよ、裏金ですね、裏金! まあ原子力発電所が来
る、それなら三法のカネは、三法のカネとしてもらうけれども、そのほかにやはり地域の振興に対しての裏金をよこせ、協力金をよこせ、というのが、それぞれの地域であるわけでございます。それをどれだけもらっているか、をいい出すと、これはもう、あそこはこれだけもらった、ここはこれだけだ、ということでエキサイトする。そうなると原子力発電所にしろ、電力会社にしろ、対応しきれんだろうから、これはおたがいにもう口外せず、自分は自分なりに、ひとつやっていこうじゃないか、というふうなことでございまして、たとえば敦賀の場合、敦賀2号機のカネが7年間で42億入ってくる。三法のカネが7年間でそれだけ入ってくる。それに「もんじゅ」がございますと、出力は低いですが、 その危険性……、うん、い
やまあ、建設費はかかりますので、建設費と比較検討しますと入ってくるカネが60数億円になろうかと思っておるわけでございますが……(会場に感嘆の声と溜息がもれる)。

 で、じつは敦賀に金ケ崎宮というお宮さんがございまして(建ってから)随分と年数が経ちまして、屋根がポトポト落ちておった。この冬、雪が降ったら、これはもう社殿はもたんわい、と。今年ひとつやってやろうか、と。そう思いまして、まあたいしたカネじゃございませんが、6千万円でしたけれど、もうやっぱり原電、動燃へ、ポッポッと走って行った(会場にドッと笑い)。あッ、わかりました、ということで、すぐカネが出ましてね。それに調子づきまして、今度は北陸一の宮、これもひとつ6億円で修復したいと、市長という立場ではなくて、高木孝一個人が奉賛会会長になりまして、6億の修復をやろうと。今日はここまで(講演に)来ましたんで、新年会をひとつ、金沢でやって、明日はまた、富山の北電(北陸電力)へ行きましてね、火力発電所をつくらせたる、1億円寄付してくれ(会場にドッと笑い)。これで皆さん、3億円すでにできた。こんなのつくるの、わけないなあ、こういうふうに思っとる(再び会場に笑い)。

 まあそんなわけで短大は建つわ、高校はできるわ、50億円で運動公園はできるわねえ。火葬場はボツボツ私も歳になってきたから、これも今、あのカネで計画しておる、といったようなことで、そりゃあもうまったくタナボタ式の町づくりができるんじゃなかろうか、と、そういうことで私は皆さんに(原発を)おすすめしたい。これは(私は)信念をもっとる、信念!

 えー、その代わりに100年たって片輪が生まれてくるやら、50年後に生まれた子供が全部、片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、いまの段階では(原発を)おやりになったほうがよいのではなかろうか...。こういうふうに思っております。どうもありがとうございました(会場に大拍手)。

(内橋克人『日本の原発、どこで間違えたのか』(朝日新聞出版, 2011年)224-234頁)





日本の原発、どこで間違えたのか

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昨年、どんなに調べてもこの人がまだ生きてるのかもう死んだのかわからなかったのだ。情報がないからたぶんまだ生きてるんだろうなと推測したが、その通りだった。当時から、高木が死んだら「死者に鞭打ってやろう」と思っていたが、うかつにも死んでから半月も気づかなかった。

当然ながら私は高木孝一の「冥福」など祈らない。また、高木の倅である自民党衆院議員・高木毅についても、この男がなした悪行の情報を再掲しておく。こんな人間を国会に送り出す福井県民の民度の低さには呆れるばかりだ。
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ジャーナリスト、池田知隆のブログです。最近の記事、イベント情報などを掲載しています。

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