06 10

武田鉄矢、「当たる要素ゼロ」の映画を語る

(友人のメールから=3.11後の生き方、暮らし方の参考になる映画があり、それを紹介します。ご存じかと思いますが、「降りてゆく生き方」というもので、映画館では上映されず、集会で上映するやりかたをとっているようです。

この映画の面白いと思ったのは、日本の地方で試みられているさまざまなこと、自然農法であったり、酒造りであったり、町づくりであったり、障害者との共生する町づくり(べてるの家)、それらを取材し、それを土台に劇映画にしたてたものです。

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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110607/220531/

武田鉄矢、「当たる要素ゼロ」の映画を語る(動画あり)
本文は続きにあります。

超ローカル映画が、奇跡のロングランを続ける理由
金田 信一郎  【プロフィール】
映画 金八先生 宮沢賢治 マーケティング 木村秋則 降りてゆく生き方 武田鉄矢 養老孟司 ファンタジー 刈谷俊介 寺田啓佐 向谷地生良 ペイトリオティズム 東日本大震災 無農薬 原子力発電所


 映画館で上映しない。
 そんな映画が、すでに2年間で300回にも及ぶ上映を続けている。広告宣伝は一切打たない。「うちの町で上映してほしい」。そんな人がいると、町の集会場などに映画を持って出かける。そして話題が人づてに広まって、今では上映依頼が殺到している。今後の上映が決まっている場所が約30地域あり、6月は兵庫県神戸市(18日)、愛知県安城市(19日)、千葉県柏市(28日)で上映会が組まれている。その他に約100地域が手を上げている。

ノーギャラで舞台に上がる理由

 タイトルは「降りてゆく生き方」。主演の武田鉄矢は、1979年にテレビドラマの金八先生役に抜擢され、俳優として脚光を浴びた。スター街道を歩んできた武田が、2007年、この小さな映画の主演を引き受けた。

 「私はシノプシス(あらすじ)に目を通してから、出演を引き受けるかどうか決めるんですけど、この映画のシノプシスを見た時に、はっきり分かったことは、『当たる要素が全くない』ということでした」

 武田はそう振り返る。これは作り話のジョークではない。

 「この映画はハリーポッターの真逆でして、当たる要素が全くない。そんな映画に、むやみに張り切っている人たちというのがいて、それが非常に奇特で変わり者に見えまして…。そんな変わり者と1本やってみるか、と」

 武田は2周年記念の上映会で壇上に上がり、トークや司会を続けた。その日、まる1日使ってステージをこなしたが、ノーギャラである。

 これまでも、全てそうだった。映画を作成した時の出演料だけで、その後はカネが入ってくるわけではない。それでも、節目となる上映会に足を運び、絶妙なトークで集まった人々を引きつける。

 武田をはじめ、出演者や制作者たちはこの映画に強い思い入れを持っている。その理由は、映画のコンセプトと、そのベースとなっている実在する人々の物語だった。この映画は2005年のプロジェクト開始以降、プロデューサー陣が2年間かけて日本各地で300人もの人々にインタビューしている。そして、地方で輝く人々に心を動かされ、「効率化」や「弱肉強食」に対するアンチテーゼを描いている。

 「降りてゆく生き方」。タイトルに象徴されるコンセプトを聞いて、武田はこう感じたという。

 「私も金八先生でトップに上がった。でも、頂上って行ってみると結構、寂しいんですよね」

 しかし、人生も登山も降りていく時に、様々なものが見えてくるという。上を目指してがむしゃらにもがいている時には見えない景色が、降りるときに眼前に広がる。

 「競争社会の限界」とも言い換えられる。そして、日本を見渡せば、地方では「未来」を感じさせる「降りてゆく生き方」が実践されている。

 「ストーリーを作るにあたって、参考にしている人たちは当たっているなと思ったんですね」。節目の上映会には、そうした地方の人々が集結する。武田は、彼らと話すことを楽しみにしている。青森県で無農薬のリンゴを作る木村秋則、千葉県で自然作物と伝統製法で酒を造る寺田啓佐、北海道で精神障害者を集めて事業を続ける向谷地生良…。

 そこで、上映会の日、武田鉄矢に映画に対する思い、そしてこの特異な映画がロングランを続けている背景にある「社会の変化」について聞いた。

―― 今日も武田さん、ノーギャラですよね。なぜ、俳優として上りつめた武田さんが、「当たらない」と分かっていた映画に出演しようと思ったんですか。

武田 タイトルとコンセプトに引きつけられるものがあったんですよね。ただ、やっぱり難しいですよね、エンタテイメントを欲して騒いでいる世の中では。CG(コンピューター・グラフィクス)が映画に不可能をなくしたわけです。思い通りに妖怪や怪獣を作ることができる時代です。それから、人間を万単位で殺すシーンが、一瞬で作れるわけですよ。そうやって作ったものを柱に物語を作るのが、グローバルな映画作りの流れです。

 ところが、これはグローバルと真反対の、「ローカリズムの象徴」みたいな作り方と内容でしょう。真逆に走ったわけです。

 でも、この間の地震でもそうだけど、つくづく考えるのは、私は個人として「降りてゆく生き方」という言葉そのものに、少し胸に響くものがある。それは人に強要することじゃないし、共感を求めるものでもないと思ってたんです。だけど、こうして共感して下さる人がいる。これは最初に計算していた浮力ではないんです。なんか、見た人の浮力みたいなものが、映画に加わって、今、力となっているんじゃないかな。

 これは自分の力じゃなくて、やっぱり映画を見た人の感性ですよね。もしかしたら、グローバリズムというのが限界にきてしまって、ローカリズムっていうのが、あろうことか日本を浮上させるかもしれないという状況が出てきた。

 だって、東京には巨大なメディアがいっぱいあるのに、ニューヨークが注目した新聞が石巻日日新聞ですからね。「そこにジャーナリズムのスピリッツがある」ってアメリカが評価しているという。

 何か、すごく大きな流れの転換点にきている。そして、この小さな映画が嵐にも風にも波にもさらわれず、まだ垂直に立って居る。この奇跡を今、見ているような気がしているんですよね。

「グローバリズムは無力だった」

―― 確かに今、経済誌をやっていても、非常に大きな転換点が来ているように思います。日本も、そしてグローバル経済も「規模を追い求めて、効率よくやって儲ける」というものが限界に来ているのではないかと思わされることが多いんです。そして、日本の地方を見ると、すばらしい経営や経営者が多い。今、少子高齢化というと、「地方がダメだ」「田舎は非効率だ」ということになる。でも実はそうじゃなくて、そういう地域が一番、人がつながっていて、そこに新しい可能性があるのではないか。日本が今、新しい時代のモデルを、地方で作ろうとしているような気がしますね。ウォルマートみたいな世界的な小売店もいいけど、田舎にあるパパママストアってすばらしい。実はこれから高齢者はむやみに動かなくなりますから、その方が経営として未来的とも言える。世界がこれから少子化高齢化していく時、日本の地方が実は最先端になるんじゃないかって…。

武田 世界のね。

―― 世界の。そこにもってきて3・11があって、ある意味「焼け野原」になってしまった。だけどそこに、大きな可能性を感じてしまう。なにか今、本当に、日本の小さな町から未来が始まっているのではないかと感じるんですよね。

武田 今まで、経済的にマイナスだって言われてきたものが、実はプラスの材料になるのではないか、と思いますね。それは「ナショナリズム」ではなくて、「ペイトリオティズム」。「愛国心」と訳すより「愛郷精神」が近いんじゃないかな。うーん、なんかそういうものが、実はすごく大きいエネルギーになってね。なんか純度が高いんですよね。ナショナリズムというのは、いろんな不純物を含んでしまうんですけど、愛郷精神というのは、非常に透明度が高いんです。それを、すごくバカにしながら生きてきた近代化(の時代)だったんだけど、結局、「石巻を離れません」とか「気仙沼をもう一度」とか言う。オリンピックが開けないような町、村の方が、立ち上がる力が本当は強かったんじゃないか。

 それと、世界がもっとも唖然としたのは、「パニックを起こさない人々」っていうのかな。そういう「人間の傑作」のような人たちが、実は田舎にいっぱいいるぞ、という。それはもう、拾うと無限に拾えるんだけど。

 コンビニが津波をかぶって商品が床に散乱している。その散乱した商品を拾ってレジに並ぶ人たちがいる。これ、どこの世界でも全く見られなかったし、探すとすると阪神淡路(大震災)ぐらいしかなかった。ガラス窓は割れてるから、手を入れれば盗めるのに、ガラス窓から手を入れるヤツが1人もいなくて、延々とレジの前に並んでいる。

 それを見てからずっと今も考え続けているんですけど、3・11で地方がガタガタになった、その秩序がなくなった瞬間に、ものすごい勢いで「見えない秩序」が働く。その見えない秩序に対して、国際社会は驚いた。ハーバードの頭のいいサンデル教授でも唖然としていましたよね。「なぜ暴動が起きないんだ」と。東京でもそうですね。100万人単位の帰宅困難者が、なんだか水牛の群れよろしく、自宅方向をめがけてみんな帰って行っている。その間に暴動1つ起きない。その日本の見えざる秩序は、一体どこから遠心力のように、日本国民に働いているのかっていうのは、解かなければならない謎ですよね。

―― 普通は国が法律で縛らなければいけない。

武田 そう。そうなんです。

―― だけど日本の場合は、それが必要ない位の人たちの集まりだということなんでしょうね。ですから、今まで日本は「官」というものに強く支配されてきましたけど、でも実は「民」がものすごく強いのかもしれませんね、特に地方が。あと今、武田さんがすばらしいことをおっしゃったと思うんですね。愛郷精神の話ですが。

 うちのある記者から、こんな話を聞いたんです。気仙沼で漁業をしていた方が、もちろん完全に流されてしまっている。だけど、今後もその地で漁業を絶対にやるって言うんですね。もちろん、歴史を振り返れば、何十年かでまた同じような津波が来ることは分かっています。それでも絶対に漁業をやるという。今回、もちろん土地を去った人もいるでしょうけど、そうすると、どんどん純度が上がっていくわけですね。愛郷精神のある人が残って。日本の地方って、そういう歴史を繰り返してきたんでしょうね。すごい純度ですよね。

武田 不純物がない。これからの1つの理想型を、この震災で残せたのではないか。生き残った人たちが、何かすごい秩序を持っている。その秩序に従っていけばいいんだ、と。中国の人も感動しているらしいですね。この間、テレビを見ていたら、中国の人たちは日本国民に尊敬の念を持った。一方、日本政府に対しては、「初動が遅い」と半分呆れ返っている、と。その見方は少し浅くて、もともと実は、この国の人たちって、官が主導してなかったんじゃないか、という気がするんですよ。

―― なるほど。

武田 官が主導しなくても、この国の人たちには、自分の郷里の未来に関して、思い描く力も、実は備わっていたんではないか。お上というのは、絶えずグローバリズムを意識する。だけど、お上が主導するグローバリズムっていうのは、実は、すごく無力なものだったんではないかという気がしてるんですよね。

「儲からないようにがんばろう!」

―― だから、気仙沼でも福島でもいいんですけど、その映像が世界の人に影響を与えている。

武田 そうでしょうね。

―― で、日本の漁村などが、これだけ秩序が守られて「自分たちでもう1回立ち上がるんだ」とやっている。かたやグローバリズムとは何なんでしょうか。経済誌なども煽ってしまった自己反省も含めて。我々も変わるべきで、「こうやって儲ければいい」とか「こうやれば世界の人に売れる」とかいうのが、経済ジャーナリズムが本質的にやるべきことだったのか。これから起ころうとしているのは、非常に人の密な結びつきと、顔が見える人たちがつながっていく社会というんですかね。そこで、「こうやったら儲かります」とか、結局最後に、その薄っぺらい報道の裏側にあるものが見透かされる時代になってきた気がするんです。だから、儲けてやろうとか、出し抜いてでも売ろうとか、そういうことじゃなくて、「もっと人のために」ですとか、そうすると、最後にお金が後から回ってくる、そんなイメージの社会が求められ、世界で最先端になっていく。

武田 でしょうね。

―― だから日本の田舎がスポットライトを浴びるんでしょうね。これは、放っておいても、世界はだんだんそっちに流れるという気がしてたんですけど、今回の震災で、ものすごい勢いで日本の小さなコミュニティーの強さが世界に注目された。ある意味で美しいですよね。

武田 それを実は、我々の映画も求めていたんじゃないか、というね。「美しい町作り」とか、そういうことじゃなくてね。美しい人間関係とか、美しい絆という、目に見えないモノを美しいと言うことがベースにならないと、見て美しいモノが作れないという、そういう時代が突如、来てしまったんではないか。そんな気がするんですよね。

―― だから、全麹仕込みの生酒を作った寺田(啓佐)さんもそうですね。無農薬リンゴ農家の木村(秋則)さんの知り合いの人から無農薬の米を仕入れて、それを寺田さんが昔ながらの製法で作った。ああいうものが本当に、価値を生み出すなあ、と。

武田 そうですね。価値観でね。大きな価値観の移動でね。「良い人」2人が力を合わせて「良いモノ」を作りましたっていう、そのなんか「良い人」っていうね。それが商品を作っていく前提であると。そういうことが起こりつつある。

 ちょうどまた、この映画をきっかけにして、私とは関係なく、良い人が次々と結び付いていっている。なんか浮力じゃないですかね、映画を取り巻く環境の中で、働いている不思議な遠心力は。向谷地(生良・べてるの家創設者)さんもそうですが、「場だ」とおっしゃいますね。「場を作るんだ」って言う。個性を作るんじゃない。なんか、そういう意味では場を作る。そこでは、徹底的に「排除する」ということを止める。「排除の論理を絶対に使わない」と決心をすると、モノの見方が一変するんですよね。

 ずっと、福島の原発のことを考えてるんですけどね。僕らの音楽の仲間で、やっぱり原発排除論ってありましたよね。で、日本のインテリっていうのは、だいたい原発に賛成すると、インテリの資格を失うんですよ。メディアもそうですよ。

―― 特に武田さんの世代はそうですよね。

武田 もう、そうですね。一生懸命、熱心に反原発をやっているやつがいました。その彼らが口にするのは、世界でも芽生えてきた「原子力暗黒神話」なんですよ。今、原子力にまつわる戦いは、原子力安全神話と原子力暗黒神話が戦っている。でもね、造り酒屋の寺田さんの話に出てくる「排除はよくないぞ」というあの一言を、原子力まで広げると、暗黒神話も良くないし、安全神話も良くないんですよ。両方とも、やっぱり人間を排除しているんです。

 だから、原発に関してはいろいろ問題があったけど、もしですよ、あの原発の施設にたくさんの子供が遊びに行く公園があるとすれば、防波堤はさらに高くなっていたんじゃないか。

 私たちはね、絶対に囁いていましたよ。「みんなに正直に言え」って言いたくなっちゃうけど、原発がある村に対する排除って、絶対どこかにありましたよ。で、密かにつぶやいてましたよね。「あの原発の近くで魚を釣ったら、目が3つあった」とかね。そんな暗黒神話っていくらでも言ってたじゃないですか。そんな暗黒神話と無闇な安心神話の格闘が、逆に今度の人災を生んだ。でも、「良い人」は排除の論理を使わない。向谷地さんがおっしゃるし、寺田さんがおっしゃっていることもそうでしょう。木村さんも同じで「害虫と共に」って言う(笑)。

―― (畑に)害虫が来るから成功したわけですし、(寺田さんの酒蔵も)火落ち菌という、保健所さんが「絶対あっちゃいけない」と言っているものが、あるからうまくいく。

武田 あれ、言い切りましたからね。あれは驚くべき発言ですよね。そういう発想ですよね。で、彼らは片隅の田舎の人で、儲からない商売をやっている人だった。ところがね、地殻変動が起きて、彼らがどうも、ドドドドドーって時代の真ん中に来ちゃったみたいなんですよ。

―― そうですね。べてる(の家・精神障害者の活動拠点)さんもそうです。普通は絶対、彼らを企業は雇わない、って言ったら悪いけど、排除されてきた人たちを集めて、黒字なんですってね、会社が。これだけ世の中で「赤字赤字」っていって、減収減益とかいって、大手企業が東大とかから人を集めて赤字になっている世の中で、誰も雇えない方々を集めて、それでみんなで支え合ってやった結果が黒字。なんなんだろう、っていう気がしてきますね。

武田 べてるさんの目標ってあれでしょ、「絶対に儲からないようにがんばろう」っていうわけでしょ(笑)。このパラドックス、逆説が今、正論として考え直すというか、我々が話題の真ん中に据えても、いいんじゃないか。

「嘘からしか『まこと』は出てこない」

 さっきの原子力の話もそうですけど、やっぱりね安全神話と暗黒神話、両方とも神話なんですよ。その神話のなれの果てが、小学校で行われている「放射能浴びた子、あっちに行け」でしょ。それは原発反対派の人たちの神話の行き過ぎですよね。だから、やっぱり彼らが言う「排除しない」、「共生していく」。で、すごみがあるのは、彼らは「共生」を謳うんですけど、でも「共死」も引き受けようと。共に生きるっていうことは、共に死ぬっていう覚悟も必要だっていう論者なんですよね。それが、3・11の時にばーっと日本の中に発酵したんじゃないかな。

 つまり、ものすごく儲かってらっしゃる方が、ドカーンと義援金出されましたよね。あの人たち投げたんですね、「経済ゲーム」を。やっぱりね、こんな目にあってるのに、儲けて何が楽しいっていうね、そこですよね。アメリカの学生が驚いてた。「水を買いだめに走る人、当然じゃないか。そんな人がいるのはアメリカでは当然なんだ」と。「日本の最大の謎は、その水の値段がなぜ値上がりしないんだ」と。アメリカっていうのは、なんかある度に、全部値上がりしているんですよね。値上げしてまで儲けようという人が、あの瞬間、登場しなかったんですよね。もちろん、ガソリンの闇とかあったかもしれませんよ。でも、大手のメーカーが、これを機に値上げしてモノを売ろうっていう所は1つもなかった。

 つまり、あの瞬間に、経済というモノの見方がね、なんか「出し抜くんじゃないんだ」っていうね。「一緒に笑わない限り、経済っていうのは上に登っていかない。楽しくない」っていう、それが実感として露出してきたっていうことじゃないかなと思いますね。

 いっぱい驚くことがありましたよね。なんだか便利だかどうか分からない家電製品ばかり甲高い声で売っているおじさんが、「儲けなんかいらない」なんてことを言い出したでしょ。あれショックでしたよね。僕がキャラクターになっている麺の会社なんかも、必死だったみたいですね。品切れを起こさないように。ものすごく努力しているんですよね。

―― それはこれまでの経済原理ではないですよね。

武田 いやあ、違う原理ですよね。

―― それが本当のこれからの企業の在り方、企業という言い方が続くのかどうかも分からないですけど、組織として人が何かを1つの目的で集まる時に、やはりそういう発想が根底にないと続かない。

武田 そうですよね。なんかこう、みんなが一瞬のうちに身もだえするばかりに叫んだ「役に立ちたいんです」ていうのと、「優しいことがしたいんです」っていう、なんか子供の雄叫びのような、それっていうのは、実はものすごく大きな経済原理だったんじゃないかっていう気がするんですよね。

―― 今、武田さんの話を聞いていて、今回、うちでも多くの震災原稿を出したんですけど、「これはすごいな」と思った話があって。アメリカの人って義援金はくれるけど、それで終わりかなと思ってました。でも今、全米各地で、日本人のために千羽鶴を折っているんですって。なぜかっていうとサダコっていう、広島の原爆で亡くなった佐々木禎子さんの物語を、実はアメリカ人は小学生の副読本として読んでいると。それで、原爆によって白血病で亡くなるサダコに、友だちが鶴を折って救おうとする物語を知っている。

 アメリカ人にとっては複雑ですよね。自分たちが原爆を落として、それであの物語が生まれている。でも、この瞬間、日本が大変だと知った時、小学生から大学生、大人までが黙々と鶴を折る。これが何かの支えになるんじゃないかという。アメリカ人が鶴を折って、それがものすごい数になっている。あ、そういう日本人のいい部分が時間を超えて通じたのかな、と。

武田 やっぱりファンタジーなんですよ。

―― そうですね。

武田 おとぎ話の言葉なんですよ。

―― それが通じるんですね。

武田 それが力を持つんですよ。「嘘から出たまこと」っていう言葉がありますけど、嘘からしか「まこと」は出てこないんですよ。「まこと」ばっかり言う人って疲れるんですよ(笑)。

 そうでしょう。どんなに原子力の線量とか汚染度を正直に言ったところで、やっぱり記者さんは全員、「まだ隠している」って言い続ける。つまり、「まこと」っていうのは、それぐらい耳に入ってこない言葉の塊なんですよ。でも嘘って入ってくるんですよ。

 だから、やっぱり「降りてゆく生き方」の映画そのものがね、見事な嘘なんですよ。これは嘘ですという切り口で始まっているから、見ているお客さんが、「まこと」を探して下さるんですよね。これは僕の発想じゃなくて、養老(孟司・東京大学名誉教授)先生っていう脳の学者先生がおっしゃった言葉でね、「人間はね、嘘って書いてある本しか開かないんです」って。最初から「真実」って書いてある本は絶対に開かないんですって。そんなのすぐ退屈しちゃうから。だから、嘘が書いてある本を人間は読みたがる。

 だから、映画で私(の役柄)はペテン師だったんですよ。だって架空の町「青空市」って、名前からして「嘘です」って言ってる。俺の主人公の名前(川本五十六)にしたって、いないだろうってね。

 でも、あの男の戸惑いって、それですよね、嘘八百ついていくんですよね。それが、村の人たちに真実としてすっと吸い寄せられてゆくと、彼が狼狽するでしょ。「いけねえ、馴染んじゃってる」っていうね。

 それから、この映画を振り返って時々思ったんだけど、刈谷(俊介・俳優)さんが無農薬農家の役として出てくるでしょ。それで、彼が「俺の田んぼを見ろ」と言う。「肥料も農薬も使わない、電気も何にも使わない。だから、俺の田んぼの作り方は永遠不変だ」「限界集落にしか未来への明るい道はないんだよ」と。あの時、「この台詞、リアリティーねえな」って思ったよ。だって電気使わない農業の人なんているわけないだろう、って。

 ところがね、3・11以降、刈谷さんの台詞が、急に頭の中ででかくなってきちゃってね。つまりね、刈谷さんが演じた役(二宮常一)も嘘から出た人物像なんだけど、この3・11以降の世界の中で、彼(二宮常一)のみがリアリティーを持っているんですよ。つまり、彼(二宮常一)だけが、この世界で、全く動揺してないんですよ。たぶん囲炉裏に枯れ木か何かくべながら、明日も田んぼにいくであろう彼は、何一つ作業を変えなくていい訳ですよね。あれも完璧に嘘で作った人だけど、ある真実味を持って迫ってくるんですよね。

 つまり、彼の言っていた通りだったなっていうね。だからこの映画の最後に、捨て台詞で、「これから先は水が儲かる」って出てくる。まさか、こんなに早く当たるとは思わなかったな。現実に、異国の資本が日本の水を狙っている。で、今度の放射能問題があって、その資本がばーっと逃げていると思うんだけど、莫大なお金だよね。でも、逆に言うと、彼らには信じられるファンタジーが全くないんだね。だから、私たちはそこでファンタジーの言葉を編み出していく。映画も含めて、今こそ、ファンタジーの言葉が必要で、やっぱり岩手県を励ます作家がいるとすれば、宮沢賢治しかいないよね。宮沢賢治の童話の中には、今度の震災を乗り切れるだけの力強い言葉が、もう全て用意されているんですよ。実際に、あの中で、「雨ニモマケズ」を朗読するわけでしょう。あれしかないですよね。

―― すごい映画でしたね。

武田 やっぱり俺たちがのびのびと嘘をついたせいだろうね(笑)。嘘っていうのは金儲けを目指すと苦しくなっちゃうんだよ。つく嘘も限られてくるから。

 宗教の言葉はファンタジーじゃないですか。そこから人間は「まこと」を引っぱり出していくんだよ。1行目から「本当のことです」って書いてあるのは、原子力安全委員会とかそういうところが出すあれで(笑)。だってもう、読まないもん。

―― しかも、そっちの方が嘘だと思いますよね。

武田 そうそう。やってもやっても嘘っぽい。だって1文字間違えただけでも、えらい騒ぎになるわけでしょ。「本当しか書いてない」ということになっているから。

―― そう考えると、やっぱりこの映画のテーマは深い。

武田 ありがとうございます。
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tomo

Author:tomo
ジャーナリスト、池田知隆のブログです。最近の記事、イベント情報などを掲載しています。

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